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えなりしげたの深夜だから言わせろ!

道楽。https://twitter.com/shigeta_of_13

ゲームにやり込み要素って必要なの?

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日本人はゲームにおいて、「レベル上げ」「アイテム収集」などを好んで行うとされます。その日本人の特性が反映されるのか、ゲーム内のやれること・集められるものを全てコンプリートするいわゆる「やり込みゲーム」は特に売れるそうだ。

そうしたゲームは実際にとても面白いものが多いと自分でも思うし、僕自身もゲームに関してはやりこむ気質だ。しかし、問題はゲームをコンプリートしたあとだ。

「やることなくなっちまったな」

とてつもない虚無感が待っているのだ。それに襲われ続け、最終的には「なんでこのゲームやってたんだろう…」とすごく後ろ向きで暗い感情に変化してしまうのだ。少なくともプレイ中は楽しんでいたのね。

「ゲームにやり込み要素って必要なの?」

ここでタイトル回収だ。

 

 

 

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例えば「やり込みゲーム」はゲームを一度クリアしたあとでも亀仙人のごとく「もうちっとだけ続んじゃよ」とロードしなおすと新たなストーリーやダンジョン・ステージが解禁されるのがベタな展開だ。そして、生半可な実力で向かうと返り討ちにされ一種のトラウマを植えつけられたりする。もうちっとだけの世界は雑魚敵ですらも魔人ブウの実力を持っているドラゴンボールGTも真っ青な魔界でした。

けど、我々ユーザーもブウたちに負けてはいられない。

 

 

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「やり込み要素」を多く入れたゲームは我々への挑戦かもしれない。

もしかしたらゲームを作ったスタッフのみなさんは「楽しんでもらいたい」という意思だけで他意はないのかもしれない。たとえそうでも僕たちはゲームを楽しんでしまう単純で純粋な生物だ。全てが終わったあとに僕みたいに虚無感に襲われる人がいるかもしれない。僕から言えることはこれだけだ。「ゲームを楽しんでいた自分を否定するのは精神的にもよくないよ」

「やり込みゲーム」は自分が気の済むまで楽しめばいいんじゃないかな。←結論

 

 

 

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ゲームしていると時に「暗い気持ち」になるかもしれない。

「自分はゲームが大好きだ」という気持ちをみんなに忘れずにプレイしてもらいたい。

子供のころにゲームに夢中になっていた自分を思い出してほしい。母親に怒られるまでゲームをしていたのではないだろうか?

人は誰もが天衣無縫の極みと誰かが言っていた。けど、楽しむことを忘れてからはそれが失われていく。とてもやるせないことだ。無垢な気持ちはいつまでも持ちたいものですね。